『どっちでもいいよ』という使い勝手の良いフレーズについて

ひとりごと

今回はタイトルのとおりです。

会話の中でよく『どっちでもいいよ~』『どちらでもいいですよ』って使うことがある人がいると思います!

 

至極簡単な例なら、

 

Aさん『お昼は中華が良い?和食が良い?』

Bさん『どっちでもいいよ!好きな方で!』

 

みたいな会話は一度くらい経験したことがあると思います。

しかし、こんな話をするものの第三の選択肢が突如として現れ、それに流れるってことがありますよね。

 

 

一見すると便利で相手に気を使う言葉として、相手に配慮のあるような言葉のように思えるのですが、

近頃になってこの言葉は無責任な言葉なんじゃないかなという考えを持つようになりました。

 

 

 

考えているようで何も考えていない人。

 

 

『どっちでもいいよ』っていうことは

言い換えたら『私は特に意見が無いからあなたの好きにしていいよ』

意見がないってことは、自分の考えを持っていない人ということになります。

自分は何も考えないで、相手に意見を求めることを丸投げをしていると

楽をしていたりやずるいと思われてしまうことになります。

あとは、ストレスが溜まる原因にもなります。

これがきっかけで、人間関係にヒビが入ったりと悪影響が出てくるので

気をつけたほうがよいですね^^;

 

 

時間を無駄にしてしまう。

 

 

結局、決めきれなくてズルズルと時間だけが過ぎていく・・・

沈黙の時間が長すぎるため、次第に意見が言いづらくなるし堂々巡りになることもちらほら。

決めきれないからと相手に再度、意見を尋ねてみても『私はどっちでもいいよ』の一点張り。

 

もうこれじゃ拉致があかないよ~~。・゚・(ノД`)・゚・。

で、決め終わった頃にはお互いに何とも言えない気持ちになってしまって

モヤモヤした感情が残ってしまいます。

それなら、さっさとスパッと決めたほうがお互いに悪い思いをしないで済みます!

 

 

あなたの考えを知りたいの

 
これは僕自身の経験があるのですが。

『意見を言う』『責任を持つ』みたいな解釈があったんですよね。

 

意見を言えば、その意見に対して根拠や原因といったことを尋ねられ説明する責任が発生する。

で、僕はその説明をすることが嫌で嫌で・・・・避けていました。

今でこそ自分なりの考えを交えながらお話や説明をすることが増えてきたので慣れたのですが、

自分の意見を発する責任に対して、自身を持てなかった面があったのです。

 

けれど、その考えは改まり意見を発信することは別に悪いことではなく

自分を知ってもらうためのものだと僕は考えるようになりました。

『私はこういった考えを持った人です』という主張するためのものだと。

 

これはすなわち『発信力』かと思います。

発信力が無いと自分を知ってもらえないし見つけてもくれない。

そして、相手がどういった考えの持ち主かも分からない。

 

これって怖いですよね?

相手がどんな考えを持っていてどんな風に感じているのかが分からない。

話している側は不安でたまらないと思います。

相手に伝わっているか・自分を知ってもらえているかって意味も含めて。

 

単純に『あなたの持つ考え』を知りたいというだけなのです。

なので、気楽に発信しましょ!そして、自分を知ってもらいましょ!

 

 

まとめ

 

今回は、『どっちでもいいよ』という単純明快お気楽キラーワードに付いて取り上げてみました。

 

かなりの人がこの言葉を使っているかと思いますが、あまり使いすぎると『何も考えていない人』と思われてしまうので

できるだけ使うのは控えたほうが良いと思います。

あと、人に意見を丸投げしてしまうことになってしまうので相手側の負担が大きくなってしまいます。

人間関係にちょっとヒビが入ってしまうかもしれないのでその辺り気をつけましょう!

 

 

コメント