コンビニの店員さんにはちゃんとお礼を言おうよって思ったことについて。

コンビニを利用していて思うこと。

 

・コンビニの店員さんが丁寧に袋詰めしたものを『早くしなさいよ!!』って言って分捕っていく人。

・黙ってお金を出して(察しろよ店員。分かんないの?)みたいな風潮。

・お金を無造作に投げる人。

・『ありがとう』の一言も言わずに立ち去っていく人。

 

他にも挙げたら色々あるのだが、これだけに留めておく。

 

僕は、コンビニを利用したときには店員さんに対して『ありがとうございます』『どうもです』といったようなお礼の言葉を言うようにしている。

たとえそれが、ガム1個だろうがグミ1個だろうが関係はない。

相手が与えてくれた作業やサービスに対して”お礼”を言っている。

 

これが、友人間だったらあなたはどうするだろうか?

あなたがお客さんで、友人がコンビニのアルバイター。

あなたが品物を購入し、友人が袋詰めをしてくれた時にあなたはどういった反応をする?

大半が『ありがとう』などと謝礼の言葉を言うはずだ。

もちろん、それは”友人”が袋詰めをしてくれたという意味を込めて言うはずだが、

 

これは別に対象が、”赤の他人”でも本来は言うべきことなのではないかと思う。

一部のコンビニの利用客はサービスを受ける側として、当たり前のことが出来ていないと感じている。

 

 

『ありがとう』が言えない大人が増えている。

大人が子どもに『ありがとう』って言いなさいと教育をするのに、大人は言わない。

これって、何かおかしくないか。

 

 

 

サービスを受けることが”当たり前”のことだと思っている。

 

一度、海外に出て分かったことなのだけれども、この国はサービス旺盛な国だと思っている。

日本に住んでいると、高水準のサービスが当たり前になってしまうためか感覚が”ズレ”てしまう。

この高水準が常日頃の生活に溶け込んでしまっているので、ありがたみが無くなっているのも1つの要因かもしれないと感じる。

 

僕が、フランスへ行ったときはスーパーで買い物をしてもレジ袋なんてくれなかった。大半の人がエコバック持参。

お店で食事したときは、アルコール消毒のお手拭きなんて貰えずザラザラとしたペーパーナフキンを1枚つけてくれる程度だ。

あと、フランスではお店でサービス(飲食など)を受けた時には『Merci』(メルシー)と必ず言うし、ごちそうさまの代わりにも使っていた。

 

使わないとどうなるか。

 

『この人は、礼儀知らずの人なんだな』

 

と思われてしまう。

フランスでは当たり前のように、お礼を言うような文化ができている。

そして、働いている人たちを見てみると大抵の人は『嬉しそう・楽しそう』だ。

 

嬉しいそうに返答をしてくれるし、相手から笑顔で『Merci』(メルシー)と言われるとこちらも笑顔で返事を返したくなる。お互いに嬉しい気持ちを通わせているので、挨拶をしたその日はとても楽しい1日になる。

そんな日々を2週間も過ごしていたので、日本に帰ってきたときにはちょっと悲しくなった。

『笑顔』って幸福度に影響してくるんだなと考えさせられるきっかけにもなった。

 

 

”身分”で見ている。

 『所詮、コンビニのバイトだろ』という上から目線。

コンビニのアルバイトは簡単な業務が多くて、確かに、誰でもできる内容が多い。

けれども、コンビニのアルバイターも立派な労働者であり、見下される対象ではないと思う。

 

そもそも『お客様は”何者”なのだろうか』

何者でもないと思う。

そこに、労働者や経営者などの型書きを書き連ねても構わないが、そこに何の意味があるのだろうか。

サービスを受け取る側の人間にしかすぎない。

 

まとめ

 日頃から、良質なサービスを受けているためそれが当たり前になっている。

当たり前になりすぎてしまい、サービスを受ける側は従事者に対して過度な要求を行うようになった。

そして、それが連鎖し自然と人々はストレスを抱えながら生きているのではないかと。

そのストレスの吐け口が”身分の低い”と思われているコンビニ店員へと矛先を向けられているのもまた悲しい現実。このままでは悲劇しか生まれないのでは?人を大切にしていないのでは?と疑問を投げかけたくなる。

普段のちょっとした疑問にも様々な視点を持って考察していきたい。

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